四旬節第1主日C年 (ルカ4,1-13)

「その期間が終わると(イエスは)空腹を覚えられた。そこで、悪魔はイエスに言った。『神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ。』イエスは、『「人はパンだけで生きるものではない」と書いてある』とお答えになった。」ルカ4,3-4

私たちは、この世に生きている限り、不満、不安、不幸、孤独、心配、戸惑い、恐れ、怒り、悲しみ、ねたみ、不正な感じ、無力感などのような感情を抱くことがあり続けるでしょう。このような感情は、一種の苦しみですので、その状態からなるべく早く脱出することを求めても、不思議ではありませんが、この際、いろいろな誘惑の被害者にならないように注意する必要があると思います。

この誘惑というのは、私たちをこの苦しみから簡単に解放することができるように見える手段なのです。多くの場合、それは間違った方法、つまり自分を、または、他人を傷つけることになるようなやり方でこの感情を発散することです。それから、苦しんでいる自分を慰めたり、苦しみの代償としたりするために、すぐに喜びや満足感を自分にもたらすような行いです。このような行いは、一時的な安定感を与え、今の苦しみを少し和らげることができますが、元々の問題を解決はしないし、そのような手段によって、いろいろな苦しみから簡単に逃げることができるという間違った考え方を強くし、非現実的な期待を持たせるのです。結果的に、人間を苦しめる感情が前よりも頻繁に浮かぶようになりますし、ますます強くなりますので、この人の苦しみも大きくなるわけです。

イエス・キリストは、私たちをあらゆる苦しみから解放し、永遠に続く喜びと平和を与えるためにこの世に来られましたので、私たちに表面的な慰めや一時的な安らぎを与えるのではなく、私たちの苦しみの問題を徹底的に解決する方法を教えてくださるのです。そのために、イエスが示してくださる道は簡単ではありませんし、望ましい効果をすぐに出すようなものでもありません。けれども、この道だけが確実なものでありますので、私たちはイエスに信頼して、この道を歩み続けることができますように祈りましょう。

コメントを残す