年間第24主日B年 (マコ8,27-35)

「自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。」マコ8,35-36

イエス・キリストを知ることは、イエスについて何らかの情報を持つことではなく、愛と信仰によってイエスと結ばれることなのです。私たちは、この意味でイエスを知るならば、父である神を知るようになる、つまり、父である神と繋がって、神の愛と命に参与するようになりますし、キリストと同じ姿に変えられ、神の心に適う神の子になるのです。これこそ永遠の命、永遠に続く人間の最高の幸福の状態なのです。

以上の意味でイエスを知るために、一回きりの決断やちょっとした努力だけでは足りません。イエスを本当に知るようになること、最終的にイエスと一体になることは、一生かかる過程の結果なのです。この過程は、ペトロの人生において見られます。

ペトロは、 “年間第24主日B年 (マコ8,27-35)” の続きを読む

お知らせ 年間第23主日 2018年9月9日 

〇 防災訓練

9月2日(日)に行う予定の防災訓練を、9月30日(日)国際ミサ後に行います。

◎ 敬老の日のお祝い

  9月16日(日)9時半のミサの中で、安城教会の年輩(75歳以上)の方々の為にお祈りいたします。尚、このミサ後高齢の方は病者塗油の秘跡を受けることが出来ますので、ご希望の方は、お残りくださいますようご案内申し上げます。又、引き続きホールにて、親睦会を開催いたします。是非お一人でも多くの皆様ご参加ください。

〇 西日本豪雨災害被災者支援募金に感謝

8月5日(日)から8月26日まで行いました西日本豪雨被災者支援募金に44,582円のご協力をいただきました。カリタスジャパンへ送金致します。ありがとうございました。

 

年間第23主日B年 (マコ7,31-37)

 「『神は来て、あなたたちを救われる。』そのとき、見えない人の目が開き/聞こえない人の耳が開く。そのとき/歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う。」イザ35,4-6

誰かのことが好きになれば、この人を愛するようになったと考える人、要するに「好むこと」と「愛すること」が同じであると思う人が大勢いるようです。

考えてみれば、誰かのことが「好きだ」と言う時、私たちは自分の気持ちを表しているだけで、この人と一緒にいる時、喜びや安心感などのような益を得ていると言うだけではないでしょうか。その時私たちは、相手中心ではなく、自己中心に考え、相手の益ではなく、自分の益を基準にしています。そして、この関係を「愛」と名付けるならば、相手が変わるにつれ、または、 “年間第23主日B年 (マコ7,31-37)” の続きを読む

22º Domingo do Tempo Comum – Ano B

Para a fim de nós não cometermos o erro que foi cometido pelos fariseus, para a fim de que os efeitos de nossa vida cristã não sejam contraproducentes, talvez, de vez em quando devamos tentar responder às perguntas seguintes. “22º Domingo do Tempo Comum – Ano B” の続きを読む