主の奉献  (ルカ2,22-40)

「シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。『主よ、今こそあなたは、お言葉どおり/この僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、/あなたの民イスラエルの誉れです。』」ルカ2,28-32

 生まれてから40日目に奉献されたイエスは、一生涯、聖霊の導きに従って、父である神の望みに適う人生を送ることによって、それを完全なささげものにし、人類の罪を贖い、神との和解への道を開いてくださいました。

洗礼を受けたときに、神の命を受け、神にささげられた私たちは、イエスに倣って、洗礼の恵みに忠実に生きることによって、つまり、聖霊の導きに従って生きることによって、私たちのすべてを父である神にささげることができますように。そして、父である神とのますます深い交わりに生きることによって、多くの人々を神のもとに導くことができますように祈りましょう。

 

年間第3主日A年 (マタ4,12-23)

「暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」マタ4,16

人間が幸せを求めても、この幸せへと導く道を見出すことができなければ、幸せへ向って歩むことはできないというのは、当然でしょうし、この人は暗闇の中に生きていると言えるでしょう。

イエス・キリストは、ご自分の言葉と生き方によって永遠の命への道、すなわち、父である神との愛の交わりという、永遠に続く至福への道を示してくださいました。その意味で、イエス・キリストは光としてこの世に来られ、 “年間第3主日A年 (マタ4,12-23)” の続きを読む