年間第3主日A年 (マタ4,12-23)

「暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」マタ4,16

人間が幸せを求めても、この幸せへと導く道を見出すことができなければ、幸せへ向って歩むことはできないというのは、当然でしょうし、この人は暗闇の中に生きていると言えるでしょう。

イエス・キリストは、ご自分の言葉と生き方によって永遠の命への道、すなわち、父である神との愛の交わりという、永遠に続く至福への道を示してくださいました。その意味で、イエス・キリストは光としてこの世に来られ、 “年間第3主日A年 (マタ4,12-23)” の続きを読む

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主の洗礼(A年)

「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」マタ3,15

人類の歴史、特にイスラエル人の歴史が示している通りに、人間は、自分の力だけでは神の愛に愛を以て応えることができないのです。結果として、人間は神との一致という自分の存在の目的に達することができないわけです。 神が御ひとり子をそのような人々のところにお遣わしになったのは、 “主の洗礼(A年)” の続きを読む

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主の公現 (マタ2,1-12)

「イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。『ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。』」マタ2,1-2

福音書には、ベツレヘムで生まれたイエスを拝みに来た羊飼いたちと三人の博士について書いてあります。羊飼いたちと学者たちとの間にはいろいろな違いが沢山あるでしょうが、少なくとも一つの共通点があると思います。それは何かというと、 “主の公現 (マタ2,1-12)” の続きを読む

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聖家族A年 (マタ2,13-15.19-23)

「そこで、ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。しかし、アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、ナザレという町に行って住んだ。」マタ 2,21-23

聖ヨセフは、生じた問題を解決するために、一生懸命に正しい方法、愛する人のための最善の方法を探していました。けれども、自分が良いと思うような解決の方法を見つけたとしても、神のみ旨がそれと異なると分かった時には、自分の考えを手放して、神の導きに従ったのです。聖ヨセフがこのようにしたのは、 “聖家族A年 (マタ2,13-15.19-23)” の続きを読む

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待降節第4主日A年 (マタ1,18-24)

 「夫ヨセフは正しい人であった。」マタ1,19

順境の時に、他の人に対して丁寧な態度をとり、正しいと思うような行動をとるのは割合に簡単なことですが、大きな問題や困難に直面している時には、それは随分難しくなります。けれども、私たちは、順境においてよりも逆境において、より正確に自分が本当に正しい人であるかどうかが分かります。なぜなら、 “待降節第4主日A年 (マタ1,18-24)” の続きを読む

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待降節第3主日A年 (マタ11,2-11)

「イエスはお答えになった。『行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。わたしにつまずかない人は幸いである。』」マタ11,4-6

誰しも喜ぶことがあると思いますが、その喜びについて考えたことがありますか。たとえば、自分が何のときに喜ぶのか、何のことで喜ぶのか、つまり、自分の喜びの原因は何であるか、自分を喜ばせるものは何であるかということについて考えたことがありますか。

恐らく、原因に基づいて喜びを二つのグループに分けることができると思います。一つは、 “待降節第3主日A年 (マタ11,2-11)” の続きを読む

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待降節第2主日A年 (マタ3,1-12)

「悔い改めよ。天の国は近づいた。」マタ3,2

人間は個人として、また、人類全体として、平和とか幸せとかを求めて、そのために一生懸命に努力しています。けれども、なかなかそれを実現することができないのが、私たちの現状ではないでしょうか。そういった現状の要因はいろいろあるのでしょうが、 “待降節第2主日A年 (マタ3,1-12)” の続きを読む

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