年間第7主日C年 (ルカ6,27-38)

「しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。」ルカ6,35

誰かを愛するとは、その人のことを好きだと感じることだと思う人にとって、敵を愛することは不可能であるだけではなく、ご自分の弟子たちに敵を愛することを要求しておられるイエスは、非現実的な人間、世間をまったく知らない人間に見えるかもしれません。

しかし、イエスが言っている愛とは、感情のことではなく、 “年間第7主日C年 (ルカ6,27-38)” の続きを読む

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年間第6主日C年 (ルカ6,17.20-26)

「この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。」1コリ15,19

 キリスト者であるならば、私たちの創造主であり父である神が、真の幸福、しかも永遠に続く幸福の唯一の源であるということと、神はこの幸福をすべての人に、恵みとして与えてくださるということを知っているはずです。また、幸せに生きるために何よりも必要なのは、 “年間第6主日C年 (ルカ6,17.20-26)” の続きを読む

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年間第5主日C年 (ルカ5,1-11)

 「シモンは、『先生、私たちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう』と答えた。」ルカ5,5

シモンがイエスに言われて漁に出かけたのは、魚がとれると思ったというよりも、イエスに対する尊敬を示すためだったと思います。しかし、魚がとれるはずのないその時に、意外にも沢山の魚がかかり、どんな時よリも沢山とれたのです。

それはシモンにとって大きなショックだったでしょう。突然、 “年間第5主日C年 (ルカ5,1-11)” の続きを読む

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年間第4主日C年 (ルカ4,21-30)

「これを聞いた会堂内の人々は皆憤慨し、総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした。」ルカ4,28-29

イエスが神の恵み、自由や解放について一般的に話した時に、ナザレの人たちは、その言葉を喜んで聞き、イエスをほめましたが、イエスが彼らの具体的な問題に触れた瞬間、彼らの気持ちが変わって、イエスを殺してしまおうとしたほどにまで怒りました。このような、イエスの言葉に対するナザレの住民の反応は、非常に多くの人の大きな問題を示しているのではないかと思います。
イエスはおっしゃいました。「罪を犯す者はだれでも罪の奴隷である」(ヨハ8,34)、と。イエス・キリストが言われたとおりです。罪を犯す人は、 “年間第4主日C年 (ルカ4,21-30)” の続きを読む

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年間第3主日C年 (ルカ1,4-4.14-21)

 「主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」ルカ4,18-19

福音記者聖ルカが、自分の福音書をテオフィロという人のために書き記すと伝えています。テオフィロという名は「神に愛されている者」、また「神を愛している人」を意味します。父である神はすべての人を愛していますので、この福音書は、誰か一人の人のために書かれたのではなく、すべての人のために書かれたということになります。同じことを聖書全体についても言うことができます。すなわち、聖書は父である神がいろいろな人を通じて、ご自分の愛する子らのために、送ってくださった手紙であるということなのです。

誰かが愛する人に手紙を送るとき、 “年間第3主日C年 (ルカ1,4-4.14-21)” の続きを読む

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年間第2主日C年  (ヨハ2,1-11)

「母(マリア)は召し使いたちに、『この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください』と言った。」ヨハ2,5

愛の契約を結ぶことによってイスラエルは神の民となって、神はイスラエルの神となりました。そのときから、イスラエルと神の関係は、花嫁と花婿の関係に譬えられて、婚礼は、神とイスラエルが結ばれた契約の象徴となったのです。

残念ながら、イスラエルは神と結んだ契約に忠実ではありませんでした。神の愛を裏切ったイスラエルについて預言者ホセアは、 “年間第2主日C年  (ヨハ2,1-11)” の続きを読む

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主の公現C年        (マタ2,1-12)

「イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。『ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。』」マタ2,1-2

 福音書には、ベツレヘムで生まれたイエスを拝みに来た羊飼いたちと三人の博士について書いてあります。羊飼いたちと学者たちとの間にはいろいろな違いが沢山あるでしょうが、少なくとも一つの共通点があると思います。それは何かというと、謙遜なのです。

おそらく羊飼いたちは、自分の仕事しか知らないほど素朴な人でしたから、 “主の公現C年        (マタ2,1-12)” の続きを読む

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