お知らせ 2019年9月15日  

〇 カトリック安城教会でのベトナム語ミサのお知らせ

来月(10月)より、安城教会で、 毎月第三日曜日、14:00から、ベトナム語ミサが捧げられます。どうぞ是非参加ください。

◎ 新教会建設支援献金

本日は、名古屋教区の新教会建設支援のための特別献金を行います。

聖堂後方に、献金箱を用意致しますので、ご協力をお願いいたします。

◎ 国際ミュージック・フェスティバル

9月29日の国際ミサ後に第10の国際ミュージック・フェスティバルが行われます。一人でも多くの方の参加をお待ちしております。

 

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年間第24主日C年 (ルカ15,1-32)

「徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、『この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている』と不平を言いだした。」ルカ15,1-2

イエス・キリストは、「放蕩息子のたとえ」を通して、次のことを教えておられます。罪とは、神からいただいた命、能力と他の恵みを、神の意向と神ご自身を無視して自分の考え方や欲望に従って用いることです。そのような罪の結果は、人間の堕落と不幸です。回心とは、自分の罪の結果を認めたうえで、神のもとに戻ることです。罪のゆるしとは、神との交わりに受け入れられることによって、神と和解することです。

「見失われた一匹の羊のたとえ」と「無くされた一枚の銀貨のたとえ」を通してイエスが教えてくださったのは、 “年間第24主日C年 (ルカ15,1-32)” の続きを読む

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年間第23主日C年 (ルカ14,25-33)

「自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」ルカ14,27.33

イエス・キリストが神のいつくしみ深い愛について語り、ご自分の行いによってこの愛を実際に表してくださった時に、多くの人々が喜び、大きな希望を持ってイエスについて行ったり、イエスのもとに集まって、イエスの言葉に耳を傾けたりしました。けれども、イエスの言葉を自身も行った人は少なかったし、イエスに最後まで従った人は、たったの数人だけでした。

確かに、神の愛は何よりも素晴らしく、魅力的なもので、 “年間第23主日C年 (ルカ14,25-33)” の続きを読む

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年間第22主日C年 (ルカ14,7-14)

「宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。」ルカ14,13-14

イエスは、宴会やパーティの催し方ではなく、神の国について教えています。イエスが神の国について教えてくだったのは、神の国に入るように招かれている私たちの心の中で、神の国に入りたいという望みを起こすため、また、神の国へと導く道を教えるためだったのです。

イエスは、ご自分が教えてくださることを必ず実践しておられる方です。「貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を」招くことについての教えも、例外ではありません。イエス・キリストご自身が “年間第22主日C年 (ルカ14,7-14)” の続きを読む

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年間第20主日C年 (ルカ12,49-53)

「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。」ルカ12,49

イエス・キリストが地上に投ずる火とは、愛の火なのです。イエスは、自分自身が、父である神とすべての人々に対する愛の火で燃えたように、一人ひとりの人にも燃えるようになることを求めておられるのです。この望みを実現し、すべての人々の心の中で愛の火を起こすために、ご自分の言葉と行いによって神ご自身の愛を現してくださったのです。十字架上の死は、神の愛の一番完全な表現となりましたが、イエスは、大きな知恵を以って神の愛を宣言したり、大きな力を以って人々を助けたりしたときに、多くの人がイエスに従っていましたが、 “年間第20主日C年 (ルカ12,49-53)” の続きを読む

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年間第18主日C年 (ルカ12,13-21)

「しかし神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ。」ルカ12,20-21

 昔も今も、非常に多くの人々が財産に希望を置きます。つまり、大きな財産を持っていれば、安心して、楽しく、快適に生きることができる、一言で言えば、幸せに生きることができると思っているということなのです。財産の所有が幸せになる絶対的な条件であると信じている人にとっては、財産を手に入れることが何よりも大事なことになりがちです。ですから、この人々は、財産を手に入れるために、 “年間第18主日C年 (ルカ12,13-21)” の続きを読む

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年間第17主日C年 (ルカ11,1-13)

「イエスはある所で祈っておられた。祈りが終わると、弟子の一人がイエスに、『主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈りを教えてください』と言った。」ルカ11,1

宇宙万物の創り主である神は、全能者であるだけではなく、私たち一人ひとりを愛しておられる父でもあるのです。この愛のゆえに、神は私たちに必要な恵み必要な善を、常に、しかも、無条件に与えてくださるのです。

残念ながら、多くの人々は、 “年間第17主日C年 (ルカ11,1-13)” の続きを読む

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