待降節第1主日C年 (ルカ21,25-28,34-36)

「放縦や深酒や生活の煩いで、心が鈍くならないように注意しなさい。さもないと、その日が不意に罠のようにあなたがたを襲うことになる。」ルカ21,34

人間は、愛である神に象って、神との愛の交わりに生きるために創造されていますので、いくら努力しても、たとえ全世界を手に入れたとしても、この世のもので自分の心の飢え渇きを満たすことはできません。この世のものが満たすことのできない望みは、人間の偉大さを表していると同時に、人間にとって大きな苦しみの原因にもなっているのです。

この苦しみの原因を知らずに、心の飢え渇きを満たすことのできる方を知らない人たちは、この苦しみを少しでも和らげるために、自分の力によって満たすことのできる望みや欲望を、全力を尽くして満たそうとしていることがよくあるようです。確かに、そのような小さな望みや欲望を満たした瞬間ですらも、人間は喜びや満足感を味わいますので、暫くの間安らぎを楽しむことができます。けれども、最初はより簡単に満たすことのできた望みや欲望も段々大きくなるし、それにますます強く左右されてしまうようになります。また、イエスが言われた通りに、この人の心は段々と鈍くなります。

心の鈍くなった人は、心の飢え渇きを満たすことのできる方と出会う時、この方が自分にとって危険な存在であると思ったりするため、この方を喜んで受け入れる代わりに、怖くなって、この方を攻撃するか、この方から逃げてしまいます。こうして、せっかくのチャンスを無駄にしてしまうわけです

イエスこそが、私たちの心の飢え渇きを満たすことのできる方であると信じる私たちは、心が鈍くならないように罪を避けて、いつも目覚め、つまりイエスから与えられた使命を果たしながら、大きな希望の内にイエスを待ち望んで、いつでもイエスを喜んで迎え入れることができますように祈りましょう。

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